オレンジ・カラー・レンジ

とある学校で屋内消火栓設備の水槽交換の工事があり、グラウンドの隅に置いた旋盤で配管をガリガリ切削していた時のこと‥。

いきなり「パコーン!」と後頭部に衝撃が。

何だと思い振り返ると、外で練習中の女子バレー部のバレーボールが私の頭に直撃していました。

『‥すみません!』と慌てて謝りながら駆け寄ってくる女学生。

『全然大丈夫ですよー。』と返事をした時、その後ろに居た女子バレー部顧問の男性教員(50)が『こら(笑)作業員さんを敬え!(笑)』と明らかな嘲笑をし、蔑んだ目でこちらを見ていました。

あの教員は、おそらく自分の方が作業員より偉いと思っているに違いないでしょう。

では何故そんな事が起こるのでしょうか。

また本当に偉い可能性はあるのでしょうか?

それらの謎に迫っていきましょう。

ホワイトカラーとブルーカラー

さて皆さまは「ホワイトカラー」および「ブルーカラー」なる言葉をご存知でしょうか?

「カラー」は「襟(えり)」の英語で、つまりホワイトカラーであれば「白い襟(えり)」でブルーカラーは「青い襟(えり)」と訳せます。

このホワイトカラー・ブルーカラーが意味するところは以下の通りです。

ホワイトカラー・ブルーカラーの定義

  •  「ホワイトカラー」‥ワイシャツを着て仕事をする人。主に知的労働者や事務・管理労働者を指す。
  • 「ブルーカラー」‥作業着で仕事をする人。主に現場作業や肉体労働をする人を指す。

現在の産業構造では一概にホワイトカラーやブルーカラーと分類し難い仕事も多々あり、時代錯誤な言葉になりつつあります。

しかし未だに通じる概念でもあります。題名の「オレンジ・カラー・レンジ」は我々消防設備士が属する防災屋の仕事をホワイトカラーでもブルーカラーでもない「オレンジカラー」と位置づけようとする考えに基づいています。

「レンジ(range)」は日本語で「範囲」であり、その業務範囲についても新しい概念を提唱していきます。

この「オレンジカラー」構想を実現することで、消防設備業界を大卒レベルでも本来の能力を開花させた活躍が見込める市場にします。

あらゆる方々のキャリアに関わる話でもある為、是非とも刮目して読んで頂きたいです。

ホワイトカラーとブルーカラーの業務

旧来よりホワイトカラーは主に知的生産を行う業務に従事していました。

特に管理職やマネージャーは組織を俯瞰して戦略を立てたたり、より多くの価値を社会に出せるように脳に汗して工夫する役割を担う典型的なホワイトカラーの業務を行います。

その他の平社員や事務スタッフもワイシャツを着てオフィスで仕事に従事する為、同様にホワイトカラーと位置付けられてきました。

一方でブルーカラーは職人やフリーターおよび現場作業といった肉体労働による生産活動を担います。

ちなみに我々消防設備士の仕事は現在、広義のブルーカラーに分類されるでしょう。

何故なら社会に価値を出そうとする場所が、主に現場作業の実施に由来するからです。

兼ねてより知的生産を行うホワイトカラーの業務には一般的に大卒レベルの学歴を持った者が従事する仕組みでした。

学歴と職業の関係性

そして昔は大卒レベルの学歴を持つ者が少なかった為、大学を出てしまえば管理職やマネージャーといったポストの少ない出世コースに乗るキャリアが割と保証されていました。学歴と求人のバランスが取れていたのです。

職業に貴賎なしと言いますし、私もその考えには同調します。しかし大卒レベルでなければ、より多くの価値を社会に出せる比較的高給なホワイトカラーのポジションへと昇進する道が閉ざされる場合もあることは一般的な事実でしょう。

その為、多くの人がより好ましいキャリアを求めて大学へ進学しました。

増え過ぎたホワイトカラー候補者

現在、日本全体の大学進学率は50%を超えています。

 

ところが日本の経済は停滞している為、大学を卒業した者全員がホワイトカラーの業務に就くことは不可能な状況となっています。

大卒がブルーカラーになる理由

昔と異なり、学歴と求人のバランスが取れていない為、現在は大卒レベルでもブルーカラーの業務に就くことは必至となっているのです。

 

すると、これまで頭脳労働と肉体労働で分業されていた市場が、大学進学率の向上と経済活動の低迷により、その境目が曖昧になりました。

社会全体を短期的な視点で見ると、例えば大学院卒がブルーカラー市場で肉体労働にも従事することは『もったいない!』と言われるかもしれません。働く側にとっては教育への投資が報われない状況となりやすい為、一理あります。

中小企業のチャンス

しかし私は、この産業構造はブルーカラーの市場においては大きなチャンスであり、特に中小企業が割合の殆どを占めている業界にとっては好機となり得ると思っています。

なぜなら、これまで単純に身体だけを使った細かい労働シーンにおいて半ば強制的に頭脳労働と肉体労働の掛け算がされる状況が起こり、限定されていた生産性が向上する可能性が高まるからです。

消防設備業界の仕事

ニッチでマイナーかつ旧来よりブルーカラーに分類されている消防設備業界においても、だんだん大卒レベルで頭脳労働にも従事できる人材が参入している傾向が見られています。

この状況から最大限の恩恵を受ける為に、まず現在の消防設備業界の仕事を確認していきます。

我々消防設備士が属する組織(以下、防災屋と表現します)および、そこで従事する業務内容は以下の通りと踏んでいます。

現在、防災屋における実務の大部分は、建設業界やビルメンテナンス業界と同様にブルーカラーの仕事で構成されていると表せます。

また、所属する組織によっては管理職やマネージャーの役務が設けられている場合がありますが、中小企業かつブルーカラー市場でマトモにも本来のホワイトカラーに求められる仕事ができている状況はほぼ皆無と見込んでいます。

なぜなら、その機能を果たす為の研修や評価制度が設けられていないからです。大手企業と異なり、人材育成に対して潤沢な予算を割けられない中小企業においては、特に「現場で覚えろ」が通用しにくいホワイトカラーの業務を機能させることのハードルは高いでしょう。

経営者が管理職を兼任している現状

よって多くの場合、一般的なホワイトカラーの役割は当該中小企業の経営者が兼務で担っています。

この状況自体は費用面でも能力面でも合理的であり、これからも続く組織形態の一つと思います。

もし中小企業しか存在しない防災屋にて管理職やマネージャーのポストが設けられている場合があるとするならば、きっと俗に言う「名ばかり管理職」として形骸化し、その裏で“無能”と揶揄される状況になってしまうことは構造的に避けられないのです。

これからの防災屋

では、これから中小企業しかない防災屋がより大きな成果が出せるような状況にするには、どうすればよいか。

私は、まず市場を作るところから見直さなければならないと思っています。

オレンジカラー市場への再編成

産業構造的に大卒レベルの人材が一時的に防災屋へ参入してくれたとしても、自分の能力を開花させられる場面が無いと感じられてしまっては、やがて業界自体が見切りをつけられてしまうことになりかねないからです。

そこで、これまでホワイトカラーおよびブルーカラーなる呼称を利用し、消防設備士の仕事をオレンジカラーの業務と位置付けて再編成します。

なぜ「オレンジ」なのか、その理由はズバリ「消防感」を出すためです。

消防感

消防設備士は消防法に基づき、官公庁である所轄消防署が担わない「消防用設備等等の設置・維持管理」を、国家資格である消防設備士の免状保有者へ民間委託されている仕組みの下で業務に従事しています。

よって我々消防設備士は、権威ある官公庁である消防署の業務の一部が民営化された仕事をしている存在です。

しかし現在、我々消防設備士は権威ある消防署から託された仕事を一つのブルーカラー業務として請け負うに留まってしまっています。

他の建設業者やビルメンテナンス業者と差別化できておらず、お客様から一作業員と見られている状況は非常に勿体無い。

ですから、お客様に「消防署の仕事をしている会社」と識別してもらうためにも、もっと消防署の色を前面に出すべきなのです。

上位市場のマーケティング戦略

例えば、消防設備業界の上位市場である警備業界は上手いことやっています。

警備員の服装は、国家権力の象徴ともいえる警察を模倣しています。

その権威ある見た目より、安心や信用が得られて人が価値を感じやすいのです。

ちなみに、警備会社は完全な民間企業で、警察と一緒に仕事をする存在ではありません。

この辺りのブランド戦略や、お客様に価値を感じてもらうための工夫に着手してこなかったのが今の消防設備業界および防災屋です。

その識別ができれば、もっとお客様に喜んで頂けるのに。もっと働く側も誇りを持って業務に従事できるのに。

消防設備業界におけるマーケター

よって、これから消防感を出すための「オレンジカラー」構想を業界全体で実現し、大卒レベルの人材でも本来の能力を開花させた活躍できる市場を作る為、組織に「マーケター」を据えることを提案します。

「マーケター」はマーケティングをする人を指します。

 

マーケティングとは

マーケティングとは売り込み営業をしなくても売れる様にすることです。

「商品・サービスを売れる様にする活動」を指し、よく「商品・サービスを売る活動」である営業と対比されます。

これまでの消防設備業界は営業がブルーカラーのサービスを売る市場でしたが、これからはマーケターによって作られたオレンジカラーのサービスが売れる市場にするのです。

このマーケターのキャリアを、現在ブルーカラーとして消防設備業界に参入している大卒レベルの人が目指せる様に描きます。

どの組織にも一人はマーケターがいることが望ましいでしょう。

そしてオレンジカラー構想が進むと、お客様に権威ある消防の専門家として消防用設備等の設置・維持管理といったハード面の施策だけでなく、より防火管理業務全般のソフト面に関するサービスの需要も創出されていくでしょう。

そのニーズに対しても旧来の様に人海戦術的には動かず、できるだけデジタルコンテンツを用いて応えていきます。

オレンジカラー化した消防設備士の業務範囲

このオレンジカラー構想が進んだ我々消防設備士の業務範囲は、以下の通り変遷していくでしょう。

お客様に消防設備士が消防の専門家として識別された後、需要が高まる防火管理業務の補助については一部デジタルコンテンツに置き換え可能です。この時代の流れと共に起こり得る代替については現場を知る消防設備士がWebコンテンツマーケティングを実施することで到来するでしょう。

もう一つ、ピラミッド下部のブルーカラーが担う無くならない補助業務以下については、規制緩和および技術進歩によって代替されると見込んでいます。

規制緩和というよりは、元々消防設備士で無くても実施可能であったが、実質は消防設備士がやっていた専門性が不要かつ危険性のない業務が、消防設備士で無い方々によって行われる様になる「民主化」と言った方が近いかもしれません。

例えば1,000㎡以下かつ不特定多数の人が出入りしない建物の消防用設備点検等が該当します。

技術進歩による代替は、例えば自動試験機能付きの自動火災報知設備の普及や、メンテナンスフリーの消火器が該当します。

プロの消防設備士がすべき業務

よって今後、正味の消防設備士が携わらなければならない実務は減少し、その分だけ消防用設備等の設置・維持管理を専業とする防災屋に属する消防設備士の数は減ると考えられます。

これは消防設備士という資格のニーズが無くなっていくという意味ではなく、これまで防災屋が半ば囲い込んできた業務の一部が「民主化」され、より消防設備士のポジションが専門性を帯びた状況へ遷移していくことを表しています。

ゆくゆくは、建物に選任された防火管理者が必要な類の消防設備士免状を取得し、Webコンテンツとして公開されたマニュアルを参考にしながら消防法に則ったメンテナンスを実施する時代が来るでしょう。

その際、困った時にサポートするのがプロの業者である防災屋となる。そんな場面も起こり得るでしょうね。

それでも人がすべき業務

ちなみに人がやっていた仕事を、人工知能(AI)を持った機械が代替するシンギュラリティなる概念ありますが、消防設備業界については上述した様に緩やかな代替や混在こそ起こるものの、それで仕事自体が無くなる可能性は極めて低いと見ています。

なぜなら消防設備業界は「人」の色が強いからです。消防法で消防用設備等の設置基準が規定されているものの、建物や各市町村の気候風土によって最終的なジャッジは所轄の「人」に任されている状況が公認されている消防署。工事現場やビルに「人」が移動してサービスを提供するビジネスモデル。

そして、大切な「人」の命を想う仕事内容。特に人の命に対する「尊さ」を表現するには、この「人」っぽさが不可欠でしょう。

よって、今後もし機械で代替可能となったことでも、「人」が担い続ける仕事があるでしょう。それが、お客様に一番価値を感じてもらえる手段となるためです。

オレンジ色にすべきもの

最後に、今後の消防設備市場について一つ予言をしておきます。今後、消防設備士を専業とする者の作業着は「オレンジ色」になるでしょう。

なぜなら、お客様に消防感を伝える上で物凄く手っ取り早い方法だからです。

そして消防感を出す活動に専業の消防設備士の生き残りが係っていると思っており、私自身が率先して作業着のオレンジ化を推進するからです。

より誇りを持って働ける様に、そして次世代が入りたい、ここで活躍したいと思える場所とするために「オレンジカラー」構想を実現していきます。

以上、消防設備業界でマーケターを務める著者のポジショントークでした。

参考文献

このオレンジ・カラー・レンジの話は、管理人が連載を担当している月刊誌「電気と工事(オーム社)」の2022年4月号および5月号に寄稿した原稿の内容を一部修正して公開しているものです。※編集長の許可は得ています。

電気と工事2022年4月号

電気と工事2022年5月号

 
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まとめ

  • 消防設備士が属する防災屋の仕事をホワイトカラーでもブルーカラーでもない「オレンジカラー」と位置づけ、この「オレンジカラー」構想を実現することで、消防設備業界を大卒レベルでも本来の能力を開花させた活躍が見込める市場にした。
  • オレンジカラー構想によって、これまで防災屋が半ば囲い込んできた業務の一部が「民主化」され、より消防設備士のポジションが専門性を帯びた状況へ遷移していった
  • これまでの消防設備業界は営業がブルーカラーのサービスを売る市場でしたが、これからはマーケターによって作られたオレンジカラーのサービスが売れる市場になった。